SNS時代から個人サイトの時代に回帰するのかもしれないな

なんとなーく思ったことをだらだら語っていきます

昔はよかったとは言いたくないけれど

SNS、主にTwitter(新:X)を眺めていると流れてくるは怨嗟の声。

男女の話題、職場のトラブル、菜食主義者の妄言、共産主義、戦争、反AI、反ワクチンとくだらない話題が多い。

自分が好きなゲーム、主にMTGに関して言えば、シャッフルのやり方、スリーブやプレイマットの絵柄、偽物、誤植、ゲーム中のマナー、女性が卓についた時のあれこれとろくでもない話題ばかり目につく。

別にこういうのを見たくてSNSやっているわけじゃないんだけどな…と思ったりもする。

日々思ったこと、やったこと、読んだ本、見た景色を記録に残すミニブログ(死語だな!)としてTwitter(新:X)を使っているわけだが、もはやブログとしてSNSを使っている人の少なさよ。

別に鬱屈とした話題を流すなとは言わないんだけど(それはプラットフォーマーや利用者個人が決めることなので)、世の中をずデータとして見てみると、技術が進歩し貧困が減り、文化的にも健康的にも豊かな生活がどんどん広がっていくように見える。

もちろん災害、戦争、イデオロギーなどどうしようもなく悲しいこともあるが、平均的、全体的に見ていったときに、1950年よりも、1975年よりも、2000年よりも、2025年の方が良くなっていると思う。

今からも今年や来年がどんな風になるのか楽しみではある。

個人レベルの話で考えてみると、もっと料理が上手くなっているだろうし、様々な本を読んでいるだろうし、色々な作物を育て、大量の魚を釣っているはずだ(頼む、釣れてくれ)。

収入もまあ今よりも良くなっているかもしれん(それはまあ運と頑張り次第だが)

そしてこれは自分だけではなく、多くの人が来年はもっと幸福になっているのだろうと思っている。

「そんなわけねーだろ」って言いたい人もそりゃいるだろうけど、そして個人レベルでは悲しいことになる人もいるだろうけど、人間には悲しいことを克服したり、受け入れたり、立ち直るだけの精神を宿しているのだと思っている。

まあそういう希望論はさておき、SNSの悪い部分が目立つなーという感想と、それに徐々に悪影響を受けている自分がいるなーという客観的な感想。

自分のオリジンは一人でテクテク散歩して景色を眺めて一人で感動して家で日記を書くようなルーチンにあったはずなので、自分宛ての言葉以外に反応するのは良くない傾向だと思える。

そもそも自分は個人サイトをだらだら書いていた人間であって、SNSには向いていないのかもしれない(今更)

しゃみおつぜみと名乗る前には別の名義で日記を書いていたんだけどその時はWordpress使わずにHTMLの手書きだった。

SNSもやってなくて、周りの人はケータイ持っていたけど自分はあんまり使っていなかったので、パソコンでぽちぽち日記や小説、ゲームなどを作っていた。

その時は必要以上に人と交流することがなかったので、自分自身に向き合うということが出来たんだと思う。

また、SNSが流行る以前に付きあった人は、孤独に耐性があり、思慮深い人が多かったと思う。

というか個人サイトにはSNSで言うところのフォローやリツイートという仕組みがないので、個人と個人が礼節をもって交流していくしかないのだ。

そして今ほどインスタントに交流するのではなく、掲示板やメールでの付き合いが主流で、たまーに仲良くなった人とはSkype(LINEみたいなやつ)のアカウント交換して通話とかしていた。

だらだらとSkypeで話していた内容は思い出せないけれど、あのまったりとした時間は自分が無くしたものだと今なら思う。

ただまあ個人と個人のやり取りは重たくて面倒になることもあったので、そういう時は匿名掲示板で息抜きもしていた(今思えばネットでのストレスをネットで解消するのもおかしな話だが)

もちろん匿名掲示板の殺伐とまたーりした空間も好きで、小話を書いたり読んだりと名無しの仮面を被って息抜きもしていた。

それから色々あって今以上にネットが普及し、多くの人がネットでのやりとりに熱中するようになったわけだけど、なんかちょっとおかしなことになってきたなと思ったりもする。

昔はそんなに毎日怒るような出来事に出会っただろうか?

俺たちはもっと楽しくネットをしていたはずだ。

そりゃまあ腹筋スレに釣られたときやブラクラ踏んだときは思うことはあったけど、それは半笑いのようなものであり、義憤を覚えるようなことではなかったはずだ。

どこまで言ってもネット空間にいる人は同好の士であり、名無しであった。

自分はTwitterだけはサービス開始からかなり早いタイミングでやっていたけど、あの時は個人サイトと匿名掲示板の延長戦って雰囲気があって、そういう雰囲気も好きだった。

あくまでブログであり、そのブログにコメントを残すような運用であり、思想とか対立とか炎上とかそういうことを目的に使っていたものではなかった。

個人サイトよりは緩く、匿名掲示板よりは確かな交流がしたくてSNSを始めたはずだ。

それが気づいたら思想をぶつけ合う謎のバトルゲームになっていたので怖いものである。

基本的に世の中良くなっていっているとは思うのだが、ネット空間だけは悪化しているかもしれないなと思った。

昔はよかった、なんて言いたくもないのだけれど。

じゃあどうするか、という話

インターネットは広く、無限の可能性があることを信じていた人はいるだろうか?

自分には幼き頃、WindowsXPのパソコンのおさがりを貰った時、初めてHTMLを書いた時、匿名掲示板にアクセスした時、世界が広がっていく楽しさに震えたことを覚えている。

どこまでも広く分散するインターネットという可能性は今もまだ残っていて、その気になれば自由に生きていくことも出来るのだと思う。

レンタルサーバでも良いので個人でサーバやドメインを取得し、手書きのHTMLでもCMSでも良いけど自分のサイトを立ち上げ、日々思ったことを書いたり書かなかったりすることが自由への第一歩だと思う。

そこにはプラットフォームは無く、読みもしない面倒な利用規約は無く、思想の対立もない。

本当の自由というものはSNSで好き勝手書くようなことではなく、自分が管理するサーバで自分の日記を書き、自分と気が合いそうな人には勇気を出してメールを送り、ちょっとずつ距離感を掴みながら交流していくことだと思う。

それはフォロー、リフォローという関係ではなく、もっとアナログに近く面倒なことではあるのだけれど、そこに大事なことが詰まっていたのではないかと老害みたいな感想を覚えた。

これを誰かに強要しようとしたらアウトだと思うけど、「私は、こう思う」と世界の片隅で叫ぶことになんの問題があるだろうか。

ここは自分のお金と手間で用意した自分のサイトである。

面倒は多いけど、そもそも自由と面倒は本来セットであるはずだ。

こんな面倒なことをやろうと思う人は少数派だとはわかっているけれど、現在の交流過多の時代から一歩引き、個人サイトでのんびり日記を書くような人が増えるかもしれないな、と思ったのでこんなことを書いてみた。

今回はこの辺で。それでは、また。

ここまで読んでくださりありがとうございました。
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