ゼロから始めるモダン生活-オープニング-

2019年2月6日

今更言うまでもない事だが、私は”まつがん”こと伊藤敦さんのことを敬愛している。むしろ崇めているといっても過言ではない。

まつがん氏が執筆した多くの記事、特に「だらだらクソデッキ」シリーズは何度も読み返し、いつかは私もゼウスに至れればと思ってやまないくらいだ。

基本的にまつがん氏の思想は無批評で受け入れるようにしているが、どうしても納得できない一文がある。

そもそも「Super Crazy Zoo」は、「1ターン目に《わめき騒ぐマンドリル》を出す」という、モダン環境の速度の限界に挑戦したデッキだった。

そしてそれ故に、《通りの悪霊》や《ミシュラのガラクタ》といったモダン環境のバグ、すなわち「ゼロ」を掘りつくしてしまったのだ。

だらだらクソデッキ vol.15 -ネクストレベルめんこ-

…本当だろうか? 既に「ゼロ」は掘りつくされてしまったのだろうか?モダン環境の速度はこれで限界だろうか?

否、断じて否。

まだ「ゼロ」は眠っている。まだモダン環境は加速できる。なぜなら、大長サイクルの存在があるからだ。

大長サイクルについて今更語ることも多くないかもしれないが、概要を説明すると、ゲーム開始時の手札にこれらのカードがあった場合、前半の能力が誘発する。能力自体は控えめだが、能力誘発後も墓地に落ちないのがこのサイクルの特徴だ。

ゲーム開始時と言えばいわば「ゼロ」ターン目。考えうる中で最も早アクションともいえる。大長サイクルの公開自体は「ゼロ」を体現していると言っても過言ではない。

もはやこのスピードで能力を使うことが出来るのは力戦サイクルしかない。同着とはいえナンバーワンの速さだ。そうだ、速さは足りている。速さは間違いなく足りている。

…が、速さ以外は何も足りていない。

「ゼロ」の代表格である《ギタクシア派の調査》、《通りの悪霊》、《ミシュラのガラクタ》が0マナでありながら墓地を肥やしつつ、しかも手札を消費しなかったのに対し、大長サイクルは墓地に行くことも無ければ、他のカードにサイクリングすることも出来ないので基本的に手札に余りがちである。

初手になければならない、という誘発条件が厳しいことに加えて、誘発する能力自体は控えめな上、本体は基本的に唱えることが出来ないマナコストのため、1枚のカードとしてみれば、殆どのカードよりも弱いと思える。

とはいえ、速さは足りているのだから、次は工夫で補ってあげるべきだ。つまり逆転の発想が求められている。

誘発条件が厳しいのであればメインから4枚投入し初手にある確率を高め、誘発する能力が控えめであれば能力に一貫性のあるカードでリストを固め、本体を唱えることが出来ないのであれば踏み倒すなり、ピッチスペルのコストに充てれば良いだけである。

特にピッチスペルとのシナジーは素晴らしい。手札に余りがちな大長サイクルの使い道としてはこれ以上ないと思える。

モダン環境にピッチスペルは無いものだと思って動くプレイヤーは多いが、私はそんな甘えたプレイヤーを咎めるデッキを作りたい。

そんな発想で、私はいくつかの大長サイクルデッキを構築した。

2月に入ってからずっとこの調子で調整しているが、そのうちのいくつかのデッキは多少なりとも実用レベルに達したと感じた。

今回は時間が無いのでデッキレシピは次回に回すが、2019年はこんな感じでブログを更新していこうと思う。

「カードを掘り下げる者」というブログの名前に恥じないように、大長サイクルのカードを1枚ずつ掘り下げて行ければと思っている。

今日はこの辺で。それでは、また。